メキシコのバスも凄かったが、輪をかけて凄いのが、グアテマラのバスだ。
グアテマラへは、4年間で10回以上入国しただろうか。
メキシコシティーに住んでいた時、ビザの更新で半年に一度出国しなければならず、その度に一番近いグアテマラに行っていたのだ。
メキシコと日本はビザの協定で、観光ビザであっても、途中何度か更新すれば、最長半年間(180日間)の滞在ビザを受けることが出来る。これは日本とメキシコが最長で、日本とアメリカで3ヶ月だから、メキシコは日本にとってよほど親密な関係の国と言える… のかな。
ビザの更新で初めてグアテマラに行ったのは、メキシコに渡って半年後、まだスペイン語もあまりわからない、不安だらけの旅だった。
そのころ仕事をしていた関係で、グアテマラには3日しか滞在できなかった。 時間もないし、3日間グアテマラシティーでゆっくりしようかと思っていたのだが、案の定そうはならなかった。
グアテマラシティーに、見るものがあまり無いことと、最初に行った市場で、おもしろいものを発見してしまったのだ。
グアテマラの小さな空港に、アエロメヒコの飛行機が着陸した。入国審査を済ませれば、まずは換金だ。
空港の換金所で、100ドル札2枚をケッツァルに換えた。レートは覚えていないが、行く度に、受け取るケッツァルの金額が増えていった。ケッツアルがどんどん安くなっていたのだ。
ケッツァルというのは、グアテマラのお金の単位で、鳥の名前から採っている。
ケッツァルという鳥は、黒い羽に真っ赤な胸、頭が緑で尻尾が長くとても美しい伝説の鳥で、グアテマラの国鳥だ。グアテマラの、お札やコインの図柄にもなっている。
写真ではよく見たが、一度実物を見たいと思いながら、ついに見ることは出来なかった。
空港から表に出ると、待っているのはタクシーの客引きだ。
客引きしているタクシーには乗らず、とにかく道を歩き出す。しばらく歩いていると流しのタクシーが通りかかる。それを止めて乗り込むのだ。値段交渉もしやすいし、メキシコではいつもその方法でタクシーを拾っていた。
最初に向かったのは「メルカード」、市場だ。
新しい町に着くと、とにかく市場に行く。市場は、その土地の庶民の生活が垣間見えて楽しいのだ。
グアテマラの人口に占めるインディオ(先住民)の割合は60%と、中南米の国の中ではボリビアと並んで最も高い。町を歩いていても、赤や緑の色鮮やかな民族衣装を来たインディオが沢山歩いていて、それだけで異国に来たなーと感じることが出来た。
市場に着いてまず目に飛び込んできたのは、色鮮やかな織物の数々だ。
メキシコでは普通市場に行くと、肉や魚の臭いが鼻を突き、ぶら下がっているものといえば、豚の頭や腸詰や鶏やチーズだが、ここではそれらに混ざって、沢山の織物が天井から下がっていた。
店番をしている民族衣装のセニョーラに片言のスペイン語で聞いた。
「これはどこで作っているのか」
「これは○×△という町で作っている」
向こうも片言だ。
地図を見せ
「○×△というのはどこらへんか」
と聞くと、地図を指して
「○×△はここだ」
と教えてくれた。
どうもそこはチチカステナンゴというところらしい。
ガイドブックを見て確認すると、グアテマラ織りの産地と書いてある。
更にガイドブックによると、曜日によって各地で織物の市が立ち、チチカステナンゴなる土地では、ちょうど明日がその日なのだ。
これは行くしかないと、早速タクシーを拾い、バスターミナルへと向かった。
行ってびっくり、グアテマラのバスターミナルは、とにかく汚いし臭い。
トイレは無いようで、あちこちでしている人の姿を見た。 メキシコ同様、そのバスターミナルから、各地へ向かうバスが出ているようで、便利であることは確かなようだ。それに活気がある。
汚さや臭いにも、そのうち慣れてしまった。
よく見るとグアテマラのバスは、全てボンネットバスだ。それを極彩色で、こてこてに装飾してある。
行き先は、フロントガラスの上に書いてある。
バスには運転手の他に、助手として若い兄ちゃんが付いていて、客引きや荷物の上げ下ろしを手伝っている。
大きな荷物はバスの屋根の上に載せるのだ。
チチカステナンゴ行きのバスを探したが分からない。親切そうなセニョールに聞いたら、これだと教えてくれた。
そのバスには「TITI」と書かれていた。
チチカステナンゴの省略形だ。分からないはずだ。
若い兄ちゃんに聞いた。
「チチカステナンゴ?」
「シー」(そうだ)
そのバスに乗り込んだ。